日 時 題   目 出  演
H 14. 12. 14
PAPASARA  フォルクローレコンサート
小村 久仁夫 (ボーカル)
秋山 カズ (ボーカル)
幡手 康隆 (ギター)
大目 真壱 (ケーナ)
木村 健太郎 (キーボード)


フォルクローレで癒やしと自然讃歌
内科部長  松田幸彦

 第102回細木ユニティ病院のコンサート(去年の12月14日)は、去年2度目のフォルクローレコンサートでした。PAPASARA(パパサラ)という女性1人、男性4人のグループです。インディオの言葉で「パパ」とはジャガイモ、「サラ」とはトウモロコシの意味だそうです。日本語にすると、さしずめ「ジャガイモロコシ」でしょうか?
 ピアノやバイオリンを奏でるシンフォニー音楽を貴族の音楽とすると、木・葦・動物の毛皮や爪で作った楽器を奏でるフォルクローレは土着の音楽といえます。その曲名からして、「風とケーナのロマンス」「岩山の踊り」「花祭り」「ラ・マリポーサ(蝶)」「コンドルは飛んでいく」「プル・ルーナス(祖先を讃える)」など自然との関わりを題材にしています。
 インディオは日々の生活で楽しいときや悲しいときに、この音楽を奏でて自然を讃えたり、人を癒したりしてきたのでしょう。人間も神も自然の一部、草や木も、山や海も・・・・・西洋文明の限界を体感している現代(日本)社会とは一線を画した観があります。
 私は、ピアノやバイオリン演奏を聴くと、優雅な気持ちになれます。しかし、フォルクローレを聴くと、普段心の奥底にしまって忘れかけている感情が揺さぶられ、中心に引きずり出される気持ちになるのです。インディオと日本人には共通の祖先・蒙古民族の血が流れていると言われているので、その音の響きには古代より刷り込まれている民族の心の遺伝子を発現させる威力があるのでしょうか。
 演奏終了後の歓談で、彼らのフォルクローレへの思い入れがひしひしと伝わってきました。アンデスを幾度か旅して、実際にインディオの音楽を聴き歩いたメンバーがいました。あるメンバーは、フォルクローレを作曲しています。(今回のコンサートでその一部を披露してくれました。)
 素晴らしい演奏ですね、と言うと、まだまだ寂が足りません、という返事が来たのには驚かされました。インディオの音楽に寂を感じるのかと。話は尽きそうになかったが、午後から別の場所でコンサートの予定があるとのことで、歓談は1時間ほどで終了しました。彼らのバイタリティーに感心した次第です。
 今回、コンサートの前に、後で鑑賞報告を書くように言われていたので、やや緊張して臨んでしまいました。次回では、そういったプレッシャーなくして鑑賞したいものです。