はじめに
ノーマライゼーションは、1960年代ごろから北欧で始まった実践活動で、「社会的ハンディキャップを持つ者を社会の中でどう支え、普通に近い状態で生活できるようにするか」ということです。
近年、日本でも精神障害者に対しても言われるようになってきましたが、精神病院の脱施設化という視点でみる限り、欧米諸国より20年以上遅れ、ようやく緒についたという段階ではないでしょうか。
1.病床数と平均在院日数の国際・国内比較
このことはOECDのデータに基づく精神病床数および精神病院平均在院日数の国際比較を見れば明らかです。この中で注目すべき点は、欧米の諸国およびトルコ、韓国(以下、欧米諸国とする)の25カ国の人口万対病床数は、15以下(1ヶ国は17)に対して日本が29という数字についてです。また、国内のデータを見ると、病床数の多い県は鹿児島、長崎、徳島など50以上で、病床数の少ない県は神奈川、滋賀など17前後となっています。厚生労働省は10年かけて精神科の病床数を7万2千床程度減らしたい方針を出しています。この結果、2015年に到達できる数字、人口万対22の精神病床数の妥当性については、国際的に見てまだ精神病院の脱施設化とは到底言えない値です。
精神病院における患者の平均在院日数については、欧米諸国で、50日から100日の間が2カ国、その他は30日以下です。つまり、欧米諸国の精神科医療は、日本の一般科医療と入院日数でさほど変わりません。これに対して、日本では、平均300日台で、徳島、鹿児島、長崎は600日を越え、一方、山形、東京、島根は200日台です。
病床過多と超長期収容という点で、日本は明らかに欧米諸国とかけ離れております。また、日本国内でも大きな差があります。この差がどこからくるのか、改善できない理由は何か、真剣に検討する必要があります。国内外の比較で、病床数や平均在院日数が少ない国もしくは県で、精神障害者による犯罪やトラブルが多くて、社会問題になっているというデータがあるでしょうか。最近EBM(Evidence Based Medicine)ということが言われています。国際化された現代社会において、日本の精神医療福祉およびその施策はEBMに基づいて行われていると言えるでしょうか。
上記のような病床過多と超長期収容により、精神科の診療単価は他科より低く押さえられています。でないと、医療経済がもたないでしょう。例えば、私が所属する医療法人の精神科における1日の入院費用は1万3千円位ですが、内科病棟はその2倍、介護病棟でも精神科急性期病棟より高く設定されています。
このような状況を背景として、精神病棟のアメニティ、マンパワーの貧弱さは経済面からみても必然的です。更に、この環境下における日本の精神科医療レベルはどうであるかという疑問が生じます。答えは、「病床過多」と「超長期入院」と出ていますし、その皺寄せが、病棟の医師配置にもきています。日本の精神科病院では精神科医1人で48人の入院患者を診、一般科の16人と比べて3倍の差があります。仮に、10年後に7万2千 床が減床になったとしても、精神科医1人が診る入院患者は36名程度となり、まだまだ多いと言わざるを得ません。これらの欧米諸国との違いを、国による風土の違いで説明ないし片付けてしまえるものなのでしょうか。
入院と退院後の費用の違いはどうなるでしょうか。当院のデータから、退院して一番医療費のかかるケースを想定してみますと、グループホームに入居して週5日デイケアに通う場合でも、入院するより、1ヶ月あたり10万円程度減少することになります。厚生労働省の計画通り7万2千人が退院すれば、年間1千億円程度の医療費が節約できます。とは言え、これはあくまで皮算用で、病院の水準をあげて、機能分化やそれに見合う診療単価の見直しも必要となるでしょうが、いずれにしても、医療経済面からしても現状には改善の余地が大いにあるのです。
2.市民の偏見について
よく、精神障害者について社会の理解がない、偏見があるので社会復帰が困難だと言われます。このような状況は、これまでの閉鎖的な収容型の精神病院−貧弱なアメニティ、一般科とは異なった外観、その中で何が行われているか分からない―であれば市民がそう思うのは当然ではないでしょうか。 これまで市民は理解する機会を持たなかったとも言えるのです。
精神科救急体制の整備の遅れも患者、家族だけでなく市民にも不安を抱かせています。この整備は、数は少ないにしても、犯罪への発展防止の視点からも大切なことだと思います。
3.細木ユニティ病院の変化
このような状況で一民間病院にどのようなことができるでしょうか。
1) ソフトウェアの変化=意識改革
まず、精神病院自体が、良い意味で社会の中で認知されるような工夫が必要だと思います。それで、当院では、一般の人も抵抗なく受診できるよう、敷居を低くし、精神病院の中では「こういうことをしている」という様に、風通しを良くして、地域住民の理解を得ることから取り組んでいます。具体的にあげると、@病棟毎の詳細な入院案内の作成、A音楽療法コンサート(月2回、アマチュアだけでなくプロも参加)を一般にも公開、B院内ホールを地元少女合唱団に練習場として提供、C実習その他の見学受け入れ、D外来に予約制を導入し、新患担当を設ける、E夜間外来の導入、F24時間体制の医療相談等です。・入院患者向けに病棟毎の詳細な
職員に対しては、病院の自己流機能評価:
・自分が病気になったとき入院できるか?
・自分の家族、親戚、知人を紹介入院させてもいい病院か?
を提起し、できなければ、何故か、何処を改善すればよいか、を問いかけています。その前提として、「病院の機能とは何か?」を認識する必要があります。まず、脱施設化=病院は治療の場であり、施設であってはならない、従って、何百日も入院の必要はない、ということです。
ある患者が入院すれば治療目標が立てられ、退院させることは当然のことです。治療目標がたたないと、患者が漫然と生活していればいいという考えになり、スタッフは何をしていいのか分からず、マンネリズムに陥り、スタッフのレベルのみならず、モラルの低下をも生み出すでしょう。その表面化が、精神科病院における数々の不祥事です。
とは言え、きれい事の掛け声だけでは、モチベイションはあがらず、人は動きません。これまでのような、医師が頂点から何事も指示しなくては動けないようなピラミッド型のアプローチでは変化しないのです。
そこで、「コミュニケーションを大切にする」ことを職員心得に掲げています。本来、精神科においては、精神障害者に対して、精神療法・向精神薬による治療・作業療法等が行われ、これらによるコミュニケーション障害の治療を行っている筈ですが、その病院における、スタッフ間のコミュニケーション、地域と病院のコミュニケーションについては、どうでしょうか。ばらばらの対応や医療では、良い治療はもとより、社会復帰も困難となります。病院内にとどまらず、院外とも様々な形の連携や調整を必要とすることが沢山出てくる筈です。その認識のために院外から講師を招き、「学際的多職種連携」について、看護のベティ・フルタ教授、ライダー島崎京子教授、谷岡哲也助教授、社会福祉の真野元四郎教授、心理の上別府圭子先生に講演して頂きました。また、これらの問題の把握と対応のために様々なレベルのチーム医療のための会を設定しています。これには、月1回、病院全職種代表によるチーム医療会議を開くこと−そこに、保健所・県・市・警察の担当者、社会復帰施設の方を呼んで情報交換もしました−、病棟看護申し送りへの多職種の参加、その後の検討会における問題点の検討、処遇困難例についての医局会における症例検討会への関係者の参加、院内LANの整備等があげられます。
ラポールをとることの必要性は、医師・患者の治療関係だけでなく、スタッフ間でも、また、対外的にも大切なことです。この中で、各部署間での調整役を果たすのが精神科ソーシャル・ワーカーです。当院には、以前は3名しかおらず、単に入退院に関わる各種書類の手続きを行う役割でしたが、現在は7名が各病棟・デイケアに配置され、積極的に病棟に入り、退院の道筋をつける重要な役割を果たしてくれています。
2)ハードウェアの変化=アメニティの改善
まず、アメニティの悪い建物は使わない、という方針で、1997年に271床中56床を休床としました。病室は、8−16人部屋であったのを、個室−6人部屋としました。外来については、以前は、1室で、新患・再患の診察、処置等、全てをしていましたが、4室に増やしました。2001年の増改築で、休床を復活させ、屋上庭園、喫茶店、ホールなど精神科としては空間を確保するように設計し、保護室も大幅に改良されました。 精神科の場合、病識がなく自主的にかかれない場合も多いので、一般科以上に、受診に抵抗のないアメニティの整備が必要です。
4.これらの取り組みの効果
1) 統計的指数の変化、在院日数の短縮化他:この8年間で、平均在院日数は500日台から155日と大幅に減っています。当院の入院期間別割合をみると(カッコ内は全国の数字)、1年未満:48%(23%)、1年−5年:27%(27%)、5年−10年:6%(16%)、10年以上:19%(34%)と、短期間で退院できる患者が多くなったというだけではなく、長く入院していた患者も退院できるようになってきました。これについて、当院が有する社会復帰のための居住施設はグループ・ホームが3箇所、計15人だけですので、殆どが、家庭もしくは既存の社会資源を利用していることになります。保護者のいない場合、医療保護入院が市長同意でできるように、退院の場合にも、アパート入居の保証人として同様の施策がなされれば、退院はより促進できると予想しています。
この他の診療指数の変化としては、年間新患者数:552→953、年間入院患者数:121→428、外来患者実数:800→1600となっています。病床利用率は87%前後で変わっていません。
2) 当院に対するイメージの改善:市民の精神障害者に対するイメージは全家連の調査によると、「変わっている、暗い、怖い、敏感」の項目が大部分を占めています。当院におけるアンケートでも風通しのよい開放的な病院にする前は全家連と同様でした。その後の調査では、「まじめ、明るい、正直、優しい」というプラスのイメージが増え、「変わっている、鈍い、暗い、気が変わる、怖い」というマイナスのイメージが減っています。
5.精神障害者が暮らしやすい街に向けて−途上における諸問題−
私は、弱者や障害者に対して寛容であるというコンセンサスが社会にどの程度あるか、それが、その国の文化レベルや社会の成熟度を測る視点のひとつだと思います。その中に、ノーマライゼーションの思想が活きています。精神科医療においては高額な医療機器を必要としません。社会環境そのものが、こころの医療機器だと思うのです。
1)危機管理:その前提として、社会の中で障害者を支えるための、職種、病院、施設を越えた連携の実現が必要となります。例えば、精神科救急体制は、患者の社会復帰と表裏の関係にあります。さもないと安心して社会生活ができないでしょう。一般科に置き換えてみると、24時間体制で受け入れる病院があることは当然でしょうし、重症で自分から病院に行けない救急患者を輸送するシステムも当然のこととして存在しています。精神科医療には、移送制度がありますが、実質的には整備には程遠い現状にあります。これも、社会復帰を困難にする理由のひとつです。増悪時、病識がなくなることが度々あり、一般科の患者よりも自ら病院にかからなければという気持ちが薄く、家族だけでは病院に連れて行くのが困難な場合も多くあります。その状態を近所にさらす時間が長くなればトラブルが生じる率も高くなり、例え良くなっても復帰が困難になる場合も多いのです。
犯罪防止のための行政・司法・警察・保健所・病院の連携についても改善の余地が大いにあるのです。(この点については「精神障害者のヘルスケアシステム」に詳細を述べています。)
2)精神障害者の居住権:精神障害者の社会復帰を困難にしているもうひとつの理由は、住む場所や社会復帰施設の問題です。そのような施設の計画については、当然のこととして公的機関から、地域住民の了解が必要だと言われ、説明会が開かれ、また当然のごとく反対活動があります。それに対しては、精神障害者の施設ができると、その地域で問題が発生するというデータがあるのか、が問い返されなければなりません。日本の精神障害者には、その地域で生活する権利や居住権が保証されておらず、その結果として、病床過剰や超長期入院があるのではないかと勘違いしてしまいそうになります。
3)逆監査の必要性:日本では、公的機関が病院を監督・査察するシステムがかなり整ってきていますが、逆に、現場から公的機関の実施方法についてアドヴァイスしたり、データを公開してもらったり、改善指示をする逆監査もしくは不服申し立て制度のようなものも必要でないかと思っています。 公的機関の担当者は短期間で異動しますので専門性や一貫性に乏しく、長期的展望が立てられないきらいがあります。現段階でも、精神医療の審査には地域ごとに弁護士が加わっていますが、処遇の法律的妥当性だけでなく、地域精神医療福祉のあり方や方策を考え、物事を前進させるためには他に社会学者の参加も必要だと思います。
もっとオープンに:2000年に米国・ミシガンに精神科ヘルスケア・システムの視察に行き、家族会やその幹事会に出席させてもらったことがあります。そこでは、家族会を色々な場所で開き、その地域の人たちに自分たちの抱えている問題を積極的にアピールしていました。毎回、ミシガン大学の社会学者トム・パウエル教授も出席し、展望を与え、働きかけの検証を促し、サポートしていました。福祉の立場だけでなく精神科医からみても、そのことが、当事者の支えになるばかりでなく、前向きの勇気を与えているように見えました。
最後に私の好きな英語の“なぞなぞ”を掲示させて頂いて、終わらせてもらいます。
| A RIDDLE |
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ANSWER |
What is the largest room
in the world? |
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A room for improvement
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